2022/04/15 肌を焼いたり、胃がもたれたり。
物心がついたころから、頬に大きなシミがひとつあった。
若いときはそれも個性だと特にネガティブに思っていなかったけど、年を重ねたことでひとつのシミが顔の印象を大きく変えるようになってしまった。
若いころは若さの力で許されてきた外見の粗は、年齢を重ねることで不精の証となり、自分に手をかけていない人間というレッテルを貼られるようになる。
わたしの中身が変わっていなくても、年齢が変わることで周りからの見る目は大きく変わってしまう。
そんなわけで、そのシミをとるべく美容皮膚科にいってきた。
だらだらと言い訳のようなものを書いたけれど、結局は自分がそれを気にするようになってしまったから、というのが理由の全て。
鏡を見たときにああ、と思いたくないし、やっぱりきれいな格好をしてきれいな顔でいることは自分自身の力になる。
近くにある美容皮膚科は手ごろな値段で人気なようで、朝からたくさんの女性が待合室に並んでいた。
番号札を渡され、ベルトコンベアに乗せられた部品のように機械的に処理されていく。
先生から説明を受け、処置室に送られる。
言われるがまま、顔全体に美肌のレーザーを当てて、シミ部分にはシミをとるためのレーザーを重ねて当てることになった。
以前レーザー脱毛をしたことがあるので、それと同じくらいの痛みだろうとあたりをつけ、まぁたいしたことはないだろうと余裕ぶって寝転がっていたら、ちょっとびっくりするくらい痛かった。
皮膚が焦げているにおいがして、バチバチと焼かれる音がする。
さくさく顔が焼かれていき、ベタベタする軟膏を顔中に塗られて終わった。
顔中がやけどしたかのように痛い。
この待合室にいる女性たちは、みんなこんなに痛い思いをしてまで美しくなりたいのだな、と思うと尊敬すら覚える。
シミは一回ではとれないといわれたので、わたしもまた来ることになるのだが。
いろいろとやろうと思っていたことは7あったが、軟膏でテカテカ+やけどのように真っ赤になった顔で外を出歩くのははばかられるので大人しく家に帰る。
お昼ごはんは焼き芋。洗濯をして浴室乾燥にかけ、その間に少しだけ本を読む。
味の濃いものが食べたくなったので、夜ご飯はソースたっぷりのオムソバにした。
久しぶりのソースの味に感動し、とろとろの卵に感動し、食後の胃もたれで落ち込んだ。
年をとると、無駄に肌を焼くことになったり、食べたいものを食べて胃もたれを起こしたり、肉体的な付加が増えてきて困るな、と思う。
急に気温が下がったせいで風邪をひいたかもしれない。
立ち行かないな。
2022/04/14 ただ散歩をする
目が覚めたら5時半だった。
外からかすかに雨の音が聞こえる。そういえば今日は雨が降る日だ。
有給消化に入る前から在宅ワークをしていて、ほとんど家から出ない生活を送っていた。
家から出ないということは、つまり、ほとんど体を動かしていなかったということで、当たり前に太った。
空腹時に有酸素運動をすると良いと聞いたので、朝ごはんを食べる前に散歩に行く。
雨は降ったり止んだり、なんともいえない不安定な感じ。
傘を差して散歩をするのはおかしい気がして、地下道に入る。
地下道は地下鉄2駅分。散歩にはほどよい距離。
朝の6時過ぎの地下道はお店も開いていないので薄暗い。
通勤時間にも早いので、人も少ない。数少ない歩行者は、ほとんどがスーツを着たサラリーマンだった。
みんな何の感情も読み取れない、白い顔をしていた。
太陽の当たらない道では、みんな白い顔に見えるのかもしれないけど。
30分くらいだらだら歩いて、家に帰る。
適当に葉っぱをちぎっただけのサラダ、お土産でもらったインスタントの玉ねぎポタージュ、明太子トースト。
朝ごはんの質と、時間の余裕は比例すると思う。
今にも振り出しそうな空から一変、昼は驚くほど晴れていた。
洗濯をすればよかったと後悔しながら外に出る。
外食はしないようにしてたけど、あまりの空腹に耐え切れず推しの魚屋さんでお寿司を食べる。
わたしは自由なので、平日の昼間からおいしいをお寿司を食べることができる。
夕方から一転ひどい雨。
やりたいことだけやりたいので、わかめご飯を作る。
少し味が薄くなったけど、お茶碗いっぱい食べて、残りはおにぎりにして冷凍しておく。
お風呂に入って、軽くストレッチをして、今日の活動はおしまい。
おやすみなさい。
モラトリアムの日々
仕事をやめた。
正しく言うと、退職することを上司に伝え、引継ぎを行い、有給を消化している状況、だ。
大学生になったとき、回りの子たちがモラトリアムという言葉をよく使っていた。
学のないわたしは意味を知らず、こっそり家に帰ってから調べた記憶がある。
一人前の人間になるのを猶予されている期間。
なるほどうまく言うものだな、と関心し、それからはさも元から知っていた言葉であるかのようにモラトリアム、モラトリアムと口にした。
大学を卒業するとき、みんな一様にモラトリアムが終わる、と口にしていたし、私も同様に嘆いていた。
モラトリアムが、猶予期間が終わってしまい、そしてそれはもう二度と手に入らないものだと思っていたのだ。
社会人になってみて、社会人になってからもモラトリアムが存在することを知った。
それはつまり、転職先が見つかっている状況で現職に退職を宣言し、有給を消化しているとき、となる。
つまり、今のわたしの状況だ。
何にも縛られない自由さと、それでも社会の枠からは外れていない安心感。
今勤めている会社は1年弱しか働いていないため、有給も最低支給数の10日しかなく、このモラトリアムは2週間で終わってしまう。
その間、わたしは湯水のようにお金と時間を使って、思う存分堕落する。
そして、猶予期間が終わればまた何食わぬ顔で社会の歯車に戻る。
元のように毎日通勤電車に揺られる日々には戻れないのでは、と思っていても、
すでにわたしの体は社会に溶け込んでいるので、出社日になればまじめな顔をして通勤電車に揺られることになる。
この世で一番つまらない、会社員という役割を、自らすすんで演じることになる。
モラトリアムはいつか終わる。
でも、無責任な大人であるわたしは、いつでも自分の手でモラトリアムを作ることができることを知っている。
いいよなぁ。
3年越しで仕事を辞めた。
大学を卒業してから約7年間働いていた会社を辞めた。
辞めた理由は色々ある。会社への不満や、同僚への不満や、そこで働く自分への不満。
3年ほど前に一度転職しようとしたことがあった。その時は二十代という若さ以外一切武器を持っておらず、もちろん何の成果も得られなかった。
というより、辞めたいという気持ちよりも転職活動が面倒だという気持ちの方が強かった。つまり、今回はそれらの感情が逆転したから転職できたわけだ。
はてなブログを使っている人はみんなクリエイティブな仕事をしている方ばかりで、退職・転職エントリーを見てもまるで別世界のことのようだった。つまり、全く参考にはならなかった。
そもそも学生時代に努力や競争といったものから逃げ続け、ちっぽけな自尊心を守ろうとした結果、無い内定で卒業するはめになり、そのまま親のプレッシャーに負け地元の工場で契約社員になったような人間だ。
なんのスキルもなく、ただただ歳をとっただけの、まともな社会人として持っていて当然の常識すらもっていないような人間だ。そのままの自分で仕事が見つかると思っていたお気楽な3年前の自分が恥ずかしい。
再度転職を考えだしたのは、去年の年末ごろだった。
9月の人事異動で尊敬していた上司が異動してしまい、新しくきた上司とうまくやれるように毎日気を揉んでいたが、ある日ふと、このままここで働いていてもこれ以上待遇が良くなることはないな、と気付いた。
その瞬間、働く気力がぷつりと切れた。
一度目の転職チャンスで、今の自分ではどうしようもないことに薄々気付いてはいた。ただ、それを受け入れることができていなかった。
その時よりも3つ歳を取り、わたしは30歳だった。
何のスキルもない、工場で契約社員をしていた30歳の女を、コロナ不況と言われている今、雇う人間がいるのだろうか。答えは明確だった。
とりあえず何か資格を取ろうと資格スクールをいくつか調べ、迷った挙句簿記の資格をとることにした。
色々と調べてみると、簿記の資格をもっていれば未経験でも雇ってもらえることもあるらしい、という情報を得たのだ。
某通信教育を申し込み、11月から簿記の勉強を始めた。2月の本試験で3級に合格し、4月末にネット試験を受けて2級に合格した。
3級を勉強していたころはゆっくり勉強すれば良い、と思っていたが、3月末ごろに職場の環境が大きく変わったことで一分一秒でも早く仕事を辞めたいという気持ちが強くなり、必死に2級の勉強をした。
そのころは、平日は、職場についてから始業開始までの30分と昼休み30分、家に帰ってから2時間の合計3時間、予定のない休日は朝から夕方にかけて5〜6時間ほど勉強していたような気がする。
4月末に2級を取り、5月頭に転職エージェントに登録。5月半ばに採用が決まった。
元の職場にはすぐに退職することを伝えて、大量に余っていた有給を消化し、退職となった。
前の職場にも、もちろん良かった点はある。
親会社の素晴らしい福利厚生の恩恵を受けられることや、ほとんど頭を使わずに機械的に作業しているだけで1日が終わること、自宅から30分程度で通えること。
ただ、淀んだ空気の中で煮詰まった人間関係も、なんの変化も、進歩もない日々を過ごすことも、30歳になったわたしには息苦しかった。
この会社でこのまま働いて、歳をとって、自分はどうなるのだろう、と考えることが恐ろしかった。
新しい職場は、前の会社のような素晴らしい福利厚生もなければ、とりあえず会社にさえいけばお給料がもらえるようなぬるさもない。お給料だって決して良くはない。
ただ、わたしは自分を生温い泥沼に沈めたままにできなかった。
新しい場所がどんなところがは、まだわからない。
ぼろぼろになって、疲れ果ててしまうかもしれない。
転職なんて、みんなが当たり前にやっていることで、それは全くすごいことでも、えらいことでも、特別なことでもないことは分かっている。
それでも、自分の脚で立とうとした自分を、わたしだけは頑張ったとほめてあげたい。
これからのわたしに、エールを送る。
仕事をさぼった日は川に行く
仕事を休んだ。
人がいない、広い場所に行きたくて、自転車をかっ飛ばして川原まで。
平日の昼間だから当たり前なのかもしれないけど、全然人がいないくて良かった。
ススキはふわふわだし。
鉄塔の武骨な美しさが好き。
下から鉄塔を見る。
雲ひとつない真っ青な空と、鉄塔の組み合わせは世界で一番綺麗な気がする。一番は言い過ぎか。
ふわふわの群れ。
太陽の光がキラキラ反射して、肉眼ではまぶしくて水面が見えなかった。
ふらふら近くまで行ったら、吸いこまれるように落ちかけた。罠かも。
寒いと景色は一層美しく見える。
吸いこまれるような空だった。
帰りに神社の傍を通ったら、紅葉がとてもきれいだった。
秋は、いつも知らない間に通り過ぎている。
きれい。
イチョウのビジュアル強者っぷり。
隣の木と空の色のせいで、日本とは思えぬ謎の異国感がある。
素晴らしい秋晴れ。あっぱれ!
普段は合理的に!無駄なく!生きているけれど、そうするとどんどんロボットのようになっていく。
無駄な行為は、人間らしさを取り戻すために必要なんだ、きっと。
宇野へ
有給消化のために平日の休みができたので岡山に行くことにした。
朝八時前に家を出て、JRに飛び乗る。
乗換検索をして、ページを保存してあとはずっと機内モード。
リュックの中にはカメラと折り畳み傘とお茶と財布とモバイルバッテリー。
荷物はできるだけ少なくしたい。
JRはすぐに止まるから苦手で、滅多に乗らない。
案の定、乗った電車は踏切を無理に横断した阿呆のせいでしばらく止まり、その影響で寿司詰めになった。
久しぶりの不快感も、非日常だと思えば耐えられる。
高槻で新快速に乗って、三宮を過ぎたあたりで一気に人が減って快適になった。
外国人観光客が意外と多い。
相生を過ぎたあたりから田園風景が続く。
晴れた日、平日の昼間、人の少ない電車、田園風景。
センチメンタル。
こういう時は、ダウナー系の洋楽を聴くと最高なんだけど、出がけにポケットに入れた音楽プレイヤーには、そんなこじゃれた音楽は入っていなかった。
アイドルポップスの中からアジカンとユニコーンの名前を見つけたので、それを流す。
加速するセンチメンタル。
ユニコーンの"すばらしい日々”を聞きながら田園風景を眺めていると、人を殺すのは案外簡単なことかもしれない、と思う(私は殺されかけた)。
孤独と自由は同義語だと思ってる節がある。
私は1人が好きだと言う割に家族に依存していて、つまり孤独でも自由でもない。
できるかぎり不要だと思ったものは削ぎ落としてきたつもりだけど、それでもまだ色んなものに縛られてる。
1人で旅をするのは、自由の疑似体験。
死ぬほど無駄で贅沢で孤独あるべきだ。
岡山でワンマン列車に乗り換える。
30~40代くらいの白人女性三人組がキャアキャアはしゃいでいて可愛かった。
ガタガタ揺れる電車、何年前に録音したのかわからないかすれた社内アナウンス。
砂で曇った窓から見えるのは山と畑と老人ホーム。
田んぼの中に忽然と現れる墓地と、バケツを持って歩く少年。
その背景を想像してドラマのようだ、と思っていたら、少年ではなく小さいお婆さんだった。
窓の外に蟻がいた。
旅は道連れ、と思って眺めていたけど、風に飛ばされてしまった。
さらば。
宇野駅に着く。
駅員さんにスイカの清算をしてもらう。
ワンマン列車ではICカードが使えなかった…。駅員さんのいる駅で良かった。
入場駅名を見て、ここからずっと乗ってきたの?と驚かれる。
このご時世、ICカードさえあればどうにかなると思ってスイカに手持ちの現金をぶち込んでしまっていたので、現金の持ち合わせがなくなってやばいなーとぼんやり考える。
駅前のイカしたオブジェ。
クラゲが良い。
適当に海の方へ歩いていく。
知らない場所でも割と迷わずにガシガシ一直線に歩くので、地元民と間違われやすい。
海。
数年ぶりに見た海は、あんまり潮の香りがしなくて不思議な感じがした。
海ってもっと臭くなかったっけ?
ヤンママ(死語?)が子供に向かって、テメー行くなつってんだろ!!とか叫んでて面白かった。
子供めっちゃ可愛いし、ヤンママは美人。美しい国ニッポン。
実を言うと、こいつに会うためにここまで来たのだ。
宇野のチヌ。
ゴミでできてる。写真で見たときはゴミ???って思ってたけど、実際に見ると本当にゴミだった。
プーとかピカチュウとかいて面白い。
裏面にはクッキーモンスターの同僚の赤い奴もいた。
もう一匹には梯子がついてて、なんだ?と思ってみたら中が滑り台になったいた。
口から入って尻から出てくるらしい。
捕食されてから排泄されるまでを疑似体験できる。
入りたかったけど1人だったし入らなかった。
おそらく老人ホームから来たのであろう御一行がにこにこ見て回っていた。
私は完全に異物だ。
一通り見たのでボーっと海を眺めていた。
釣りをしているおじさんが二人いて、ヤンママの怒鳴り声と子供の楽しそうな声がたまに聞こえてきて、あとはずっと波の音。
昔から海は苦手だった。怖くて。
1人で行くなんて考えられなかったんだけど、人は変わるものだなあ。
今もやっぱり怖いし、入りたいとは思わないけど。
結構頻繁にフェリーが通る。
岸から見てると全然人が乗っているようには見えなかったんだけど、どうなんだろう。
良い尻。
たぶん13時くらいだったんだけど、お昼ごはんを食べていないことをふと思い出して。
普段は食に対して異常な熱意を持っているのに、旅中は食事を二の次にしてしまうというか、食がおろそかになる。
周りを見渡しても飲食店らしきものはなし。セブンイレブンはある。
セブンイレブンで買うか?と一瞬思ったけど、時間はまだあったりその辺りをぶらぶらしてみることに。
ローカルスーパー発見!テンションアップ。
中に入ったら"イオン銀行"の文字を発見。テンションダウン。
イオンの侵略は防げない。
旅行中の食事は、ガイドブックに載っているお店よりも、ローカルスーパーで買った食べ物の方が良い思っているんだけど、いまだかつて同意を得られたことはない。
お惣菜コーナーを見たら、地域によって全然ラインナップが違うし、同じ料理でも具が違ったり、味付けが違ったりで、かなり面白い。と、思う。
旅先の、その土地に住んでいる人たちって、おとぎの国の住人と同じくらい自分とはかけ離れた世界の人、という印象がある。
存在感が希薄だし、個人として認識できないというか。
ロールプレイングゲームに出てくる街の人たちみたいなイメージ?
だからそこの土地の、その土地に住む人たちのための食べ物は魅力的に見えるのかも。
心惹かれるおにぎりたち。
ちくわパン(ツナマヨ入り)なる謎のパンとか、ぽつぽつ買った。
スーパーを出てから現金がないことを思い出して踵を返しイオン銀行へ。
さすがイオン様。圧倒的感謝しかない。
駅までの道を歩きながらパンをかじる。
行儀が悪いのは重々承知で、それでも買った物を買ってすぐに食べるのは贅沢で良い。
歩きながら食べるのも、行儀の悪さも含めてとても楽しい。
1人で旅行していると心が勇敢になるし、こういうことも気兼ねなくできる。
もりもり食べながら駅に戻ったらちょうど良い時間だった。
また岡山までワンマン列車に揺られる。
電車は空いていた。
買ってきたちくわパンを食す。
どんなのかと思ったら、ちくわの中にツナマヨが詰まっていた…。
わけわからん!でも美味しかった。
岡山で一回降りて、お土産のきび団子を買いこんでまた電車に。
早い時間は高校生が多かったけど、遅くなるにつれてサラリーマン濃度が高まって行く。
非日常から日常に連れ戻される。
元々あんまり体調が良くなかったのもあって、電車に乗ると一瞬で寝てしまった。
気がついたら地元についていた。
8時前に出て18時過ぎに帰宅。子供の遠足のようだ。
次来るときは一泊して島めぐりがしたい。
京都⇔宇野 ¥8860
昼食代(スーパー) ¥365
お土産代 ¥2210
合計 ¥11435
お金の使い方が下手だったなーと思う…。
18切符のシーズンなら交通費抑えられたし、食費はもっと使って良かった。